2023.08.04
制作をスムーズに進め、表現力を高める。映像ディレクターがコンテ制作で心がけていること
- ナレッジ・ノウハウ
こんにちは、ディレクター / デザイナーの森重です。映像のディレクション及び制作、映像・ウェブに関わるデザインの仕事をしています。
さて、突然ですが、映像の絵コンテには”企画コンテ”と”演出コンテ”の2種類存在していることはご存じですか?
恥ずかしながら、僕が映像をかじり始めた学生のころはコンテに種類があるなんて全く知りませんでした。そもそもコンテすら描かず、いきなりカメラを持ち出し、PremiereやAfterEffectsを立ち上げて闇雲に手を動かして制作していました。たまに人と一緒に映像を作る時だけは、仕方なく「こんな感じでしょ」と見よう見まねの紙芝居的なコンテを描いていたのです。
その後、知識として企画コンテと演出コンテの存在を学びましたが、本質的な違いを実感できたのはここ数年のこと。同時に、”演出コンテ”とはアウトプットのレベルや自分のパフォーマンス、成長にすら影響を及ぼすとても重要な存在なのだと痛感しました。
演出コンテとは何か。本記事では、僕なりの見解をまとめてみようと思います。
“企画コンテ”と”演出コンテ”、そもそもどういうもの?
まずは2つのコンテを実際に見比べてみましょう。仮にビールの商品プロモーションムービーを制作すると仮定して、次のような2つのコンテを描いてみました。
企画コンテと演出コンテを並べて見るだけでもいくらか違いに気づけるかもしれません。さて、これから2つのコンテについて具体的に説明していきます。
企画コンテとは、映像を作る前にクライアントに対して映像の概要を説明するためのコンテです。「これからこういう映像を作りますよ」という説明であり、「こういう映像のアイデアはどうですか?」と提案するための材料となるものです。
映像の企画意図を伝えることが目的なので、カット数は必要最低限で構成され、カットの繋ぎは見る側の想像力に委ねられています。僕が学生の頃に抱いていたコンテ像はまさにこんなイメージでした。
対して演出コンテは、さらに細部まで映像の構成を記述したコンテになります。
各カットで何が起きて、カットの間はどう繋がるのか、どんなカメラワークで撮影するのかなど、具体的な映像の様子が頭に浮かぶような資料です。映像がどんなものになるのかを、1から10までこと細かに伝える設計図のようなものというイメージが近いと思います。
さて、これだけ見ると演出コンテのほうが情報量が多いため、これさえあれば企画コンテなんて必要ないように思えるかもしれません。しかし、企画コンテと演出コンテには明確に異なる役割が存在します。それには映像がつくられるまでの時系列が関係しています。
企画コンテは、その名の通り企画提案段階に用いられます。クライアントへの企画提案前にヒアリングやブレストなどを経て集まった材料をもとに、「じゃあこんな企画はどうですか?」と提案するための資料です。企画の提案なので複数案作成することもあり、クライアント要望のイメージと提案した内容が異なれば再提案することもままあります。
対して演出コンテは、企画が決まった後に作られるもの。企画提案段階では詰められていなかった部分をより細かく掘り下げていくためのコンテです。また、それをカメラマンや照明、制作部など方々に共有するための資料になります。細かく作り込んでいくので、コンテ作成の作業としては企画コンテよりも圧倒的に手間と時間がかかります。
もちろん、企画提案初期段階から演出コンテレベルの資料をつくれば、より具体的な提案ができることになります。しかし、実際の企画提案初期段階では、クライアントとの方向性のすり合わせのために何回かラリーを返すことが多く、その度に演出コンテレベルの資料を作っていては、クライアントの要望に対してスピーディーに提案することは難しくなりますし、制作の費用対効果も割りに合いません。そのため、企画コンテと演出コンテの両方の役割が必要になります。
完成しているように見えるコンテが実は…コンテ提案における落とし穴
前述で大まかに企画コンテと演出コンテの役割と違いを述べましたが、実は演出コンテには明確な作り方の正解があるというわけではありません。演出コンテをどこまで作り込むかは会社やディレクターによってまちまちだと思っています。コンテの時点できっちり計画を立ててその通りに作り進めていく人もいれば、コンテではあたりだけ付けて、制作しながら正解を探っていく人もいるといった具合です。
企画コンテにみてとれるように、コンテは細かく作り込まなくてもある程度機能してしまう側面があるのも事実です。提案されるクライアント側も「細かいところは最終的な映像になったらアップデートされるだろう」「細部の表現は監督におまかせしよう」と考え、演出コンテ段階にも関わらず厳密に修正のメスを入れることを、ほとんどしないケースが大半だと思います。しかし、それこそがコンテ制作に潜む落とし穴なのです。
演出コンテの時点で詳細を記載しないということは、言い換えればその部分に関しては考えが及んでおらず、思考が後まわしになっているということ。新人が陥りがちな点は、意図的に後まわしにしているというわけではなく、むしろ無意識のうちに考えなければならない項目を飛ばしてしまっている状態が起こりえるということです。
どういうことか。少し具体的な事例で考えてみます。
さきほどの演出コンテの一部です。特に問題がないように見えるかもしれません。しかし、このままプロジェクトが進行すると、こんな疑問が発生します。
「あれ、このカットってどう繋がるの?」
映像制作においてカットが切り替わる際の場面転換をトランジションと呼びますが、ここにはトランジションに関する記載がありません。もちろん、あえてシンプルなカット編集で場面を切り替えることもありますが、カットとカットの間をどう繋ぐかは映像表現においてある種の見せ場だったりします。
例えば、前のカットの要素が変形して次のカットの一部になったり、カット前後で共通のカメラワークを付けたり、カット前後で同じ位置に同じ形のオブジェクトを配置したりと、カットの繋ぎ方ひとつにも意味があり、映像表現の伸びしろがあります。そういった映像の魅力に関わる重要なポイントが、コンテの時点で無くても成立してしまうのです。
映像制作はタイトなスケジュールのなかで進んでいくことが常々ですから、コンテに記載のない問題は忘れられたまま、プロジェクト佳境の忙しいタイミングで急に浮き彫りになったりします。余裕のない中で新たに演出を考えなければならないというのは、制作者にとってはもちろん、その是非を判断するクライアントにとっても大変なこと。しかも、前後の構成が固まった状態でその時出来る表現を取捨選択するしかないため、状況を選ばない無難な表現に落ち着きがちで、新しい表現への挑戦は難しくなります。
こういったトラブルを避ける一番の方法は、演出コンテの時点でしっかり演出を決めておくことです。決めておく、というのは頭の中で漠然と考えておくということではありません。それをコンテに記載して資料として形にしておくということです。頭では良いと思っていても、いざ具現化してみるとイメージと違ったり、前後の流れがうまく繋がらないこともありますので、とにかく一度形に起こしてみることが重要な工程だと思っています。
また、先ほどの事例のようにそもそも演出を考えられていないパターンもあります。これを事前に防ぐには、何度も見返して抜けや漏れがないように確認するしかありません。制作者目線で、自分が映像を編集する際に迷うことがないように詳細な設計図を作成しておくというイメージです。
実際には不完全でも、一見するとコンテ上で完成しているように見えてしまうところが厄介なので、僕は常にどうすればもっと良くなるかを考えながら、できるだけ具体的に演出プランを書き込むようにしています。
演出コンテとは、制作のための地図である
演出コンテを作り込んでいく作業はかなり骨の折れる作業です。とても時間が掛かるうえに、頭を使います。僕は演出コンテの重要性に気づいて描き方を見直したとき、自分の演出・表現の引き出しの少なさに驚きました。これまで自分が演出というフェーズでいかに詰めが甘かったのかを突きつけられたのです。『演出コンテは映像の設計図のようなもの』と書きましたが、演出コンテはディレクターが自身の思考を整理しながら映像の構成を練っていくための大きな役割を担っていると思います。
LIGHT THE WAYのディレクターは演出だけではなく、編集までを自分の手で担います。自分が決めた演出プランを責任を持って自分自身で形にしていくというのは、とても楽しい作業です。それは『課題に対する答えを想像し、実際に検証して、その効果を実感できる』からです。
演出コンテは、制作の起点でもあり制作途中の道標でもあります。描き終わったら不要になるということはありません。僕は制作の途中で煮詰まったときはよくコンテを見返しています。コンテと向き合いながら最初期に考えていたことを思い出してみると、元々のねらいや優先すべきことを思い出すことができます。演出コンテとは、映像制作のはじめから終わりまで、共にあり続ける地図のような存在なのです。
編集者:高橋直貴